記録映画家族 Tシャツ
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映画家族と記録映画家族
私の手元に二本の映像作品がある。
一本は一九七九年に発表された國本勘助の『映画家族』、これはVHS版のみしか存在せず、方々探しても見つからなくて、諦めかけた頃、懇意にしている古本屋の店主が連絡をくれて、筑波まで買いに行った一本である。
そもそも國本勘助を知らない読者も多いであろう、簡単に説明すると画家であった勘助は七十年代から映像制作に傾倒し、研究していたプロレタリアートを映画に持ち込むことを思い立ち、労働をテーマとした作品をいくつか残している。
『映画家族』はそんな勘助の代表作であるが、第一次大戦後の共産国を舞台に、我が子を戦地に送った親たちが、帰ることのない子を想い作った人形と共に生活していく様を、静かに切り取った映画である。サブリミナル効果として、拳を突き上げた群衆が一瞬映るシーンがあまりにも多用され、思想がダダ漏れなのが笑いを誘うが、静謐な物語展開や、妙に味のある人形デザインなど名作といっても過言ではないが、当時の評価は遅れてきた学生運動などと揶揄され、あまり評価されてこなかったようだ。ただ、最近になって、この作品は再評価され、ネット上でも高額になってきている。その契機となった作品がもう一本、今回、紹介したい作品である。
それは、『映画家族』の続編に当たる『記録映画家族』という作品である。こちらは二〇十九年に國本の実娘であるプロ毒ちゃん(本名は非公開)が美術大学の卒業制作で発表した作品である。
『記録映画家族』は、二○一二年に鬱病を発症した勘助と家族のドキュメンタリーを『映画家族』をオマージュしながら構成するという離れ技を、プロ毒ちゃんが作ったという驚くべき作品なのである。何を隠そう、私はこの『記録映画家族』を知ってから、どうしても『映画家族』が見たくなり大枚叩いて購入することになったわけだが、この作品で語られているのは鬱病によって働けなくなった勘助と、家族が辿る顛末である。プロ毒ちゃんのホームページでもこの作品は無償公開されているため、興味のある方はぜひご覧いただきたいが、まずは『記録映画家族』によせて書かれたステイトメントを転載する。ここから先はネタバレになるので注意してほしい。
父が私に買ってくれた唯一のものは大きなドールハウスだった。動物の親子五人の住まいは煉瓦造りの二階建てで、おしゃれな家具に暖炉もついていた。五歳の誕生日に父と二人で玩具屋さんに行って、ひとつだけ好きなものを選んで良いと言われて、買ってもらったのだった。美味しそうな夕食や、可愛いワンピースを着た動物たちは本当に幸せそうで、輝いていたから家に買って帰るのがなんだか申し訳なく思ったのを覚えている。
父は家に寄り付かない人で、いつだって忙しそうに働き、数ヶ月留守にすることもしばしばあったし、いつだって怒っていた。私と母は不自由な暮らしをしたことはなかったけど、この家庭が普通じゃないことは幼心にもわかった。夕食はいつだって冷たい味がしたから。
私が十七歳になる年、そんな我が家に転機が訪れる。父が鬱になった。
母にとって、父は夫という記号を割り当てられた他人でしかなかったのかもしれない。仕事を辞め、常に家にいる父と、どう意思疎通して良いのかわからないようだった。流し台の前に立ち尽くしたり、ソファで小刻みに体を揺らし続ける姿に、ただただ、困惑し、別の惑星から来た来訪者を迎えるように辿々しく、時に溜息混じりにその場をやり過ごしていた。一年たっても父の鬱は快復せず、深夜に喚き散らすと飛び出して帰って来ないこともあった。母と私は、そんな父の振る舞いに疲弊し、困惑し続けるうちに、それが日常という繰り返しによって、塗り潰されて心はすっかり摩耗した結果、当然のように慣れてしまった。
鬱は人じゃなくて、家に憑く病気なんだと、自らを責め続けた父の矛先が、母や私への暴力に変わった頃にふと気がついた。家そのものが煩っている。ここは悪い場所で逃げ出せやしない。私がいなくなったら母はどうなるんだろう。この先、あと何年。いつまで続くんだろう。そんな日々が続く中で、母が見せてきた映像に対して言った一言が、私たちを変えたのだった。
母がスマホでみせてくれた映像は自撮りの父が喚いていた。ただ、顔はデコられて可愛らしい髭面のおじさんになっていた。
「お父さんが送ってきたの。自分を撮ることにしたって」
何を言っているのかさっぱりわからなかった。
自分への嫌悪も、家族に対する暴力も、何をしても嫌になった父は、その気持ちをそのまま記録することにしたのだった。残しておいてほしいと送ってきた映像を、見せてきた母に対して何気なく「盛ってみれば」と答えていた。その時の母の顔を今も覚えている。電気が走ったような閃いた顔だった。私たちは画像編集のアプリをいくつも試して可愛い父を作っていった。父の映像は見るに耐えない罵詈雑言だったが、加工されると悲しみや憎しみが馬鹿みたいに思えてきた。犬や子供、おかしな声になった父、ロボットや女性になった父。それを見せられた父は、情けない声で「おまえらなあ」と笑っていた。
それから、父が役者となり、母が撮影し、私が編集兼鑑賞者となって我が家の鬱は消費されることとなった。こんなことあっただろうか。二人の共同作業を初めて見た気がする。私の携帯に溜まった映像に、私はタイトルをつけ、ナンバリングして保存し続けた。父の調子が悪い日は沢山、映像が送られてきた。相変わらず、父は荒れたし、辛いことも多かった。それでも私はどこかで父から送られてくる映像を心待ちにしていた。映像が百を越えた頃、私はこれを一本の作品にできないかと思うようになった。誰かに見てもらいたい。可愛いお人形や犬の顔に盛られた父を、この惨状を、可笑しく笑い飛ばして欲しかった。どこにでもある、家族のありようを知って欲しかった。
以上がステイトメントである。作品の大部分はスマホの縦位置で勘助の盛られた顔がアップになり、泣き喚き、怒鳴り散らす様がうつされている。勘助の自撮りや、母が撮影した映像がメインであるが、中盤以降はスマホの縦位置画面が複数映し出され、怒る勘助(犬)、笑う勘助(猫)、拗ねる勘助(赤ちゃん)が会話しているように見えるシーンや、十八インチサイズのテレビデオにて勘助の過去作品を上映する映像が差し込まれるなど、ドキュメンタリーとして見ている鑑賞者を置き去りにし、父、勘助の過去の仕事と現在が交感するように速度を上げていく。ラストシーンでは編集を終えた『記録映画家族』を家族全員で鑑賞するシーンが映し出され、盛られていない素面の勘助が初めて映し出され、拳を静かに上げるシーンでエンディングを迎える。荒削りだが、その疾走感が見るものを惹きつけて離さない。そもそもこの作品は、娘から父への作家としての挑戦状のように見えるのだ。
エンドロール後に、勘助がビデオカメラを家族に向けている短いカットが差し込まれている。我々は國本勘助作品をまだ楽しみにできるという期待感が鑑賞後に溢れてくるのである。
2016年に物議を醸した”映画家族”を2022年”記録映画家族”としてリリースします。
絵柄とネーミング故難航を極めた物語は6年の時を経て赤石先生の筆が再び動き始め、
ついに完成しました。
ハードですけど実は人気なんです。
オフピンク
Sサイズ:着丈65, 身幅49, 袖丈19 cm
Mサイズ:着丈69, 身幅52, 袖丈20 cm
Lサイズ:着丈73, 身幅55, 袖丈22 cm
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綿100%
6.0オンス
design by ryohei kazumi
photo & text by takaaki akaishi
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