狂騒20s

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狂騒20s cap

全くもって不本意である。
そういって始めたのだが、気づけばのめり込んでいる自分がいた。馴染んだ身体を動かし、古い文献をデータ化する日々。その方法はまさにアナクロの一言で、遅遅として進まない。とはいえ、その遅さが最近は愛おしくさえ思えるのだから不思議なものだ。
私の担当はだいたい300年ほど前までで、手紙や日記の山は堆く、それはもう雑然と仕事場を圧迫している。今し方、中毒者の告白を録音した音声の文字起こしが終わったところだ。
身体を伸ばして大きなあくび、次の本を山から選ぶ。モスグリーンのスケッチブックに目が止まりページをめくる。100ページくらいのスケッチブックには、ダンサーやバレリーナ、盆踊りの浴衣姿まで、踊る人間たちのドローイングが所狭しと精細に描写され、隅に短い文章が添えられている。文章はとびとびで、気が向いた時に書いていたようだが、添えられた日付を追っていくと、このスケッチブックは18年間に渡って描かれたことがわかった。
いつもなら事務的に処理していくはずなのに、どういうわけか私はこのスケッチブックから目が離せなくなり、作者であるサキという女性について思いを巡らせてしまう。5ページ目に最初の走り書きがある。

―――方向音痴を治したいと言ったらカオルが地図をくれた。ヨーロッパが中心にある世界地図だった。


スケッチブックに書かれた文章はその時思ったことを何気なく書いていたのだろう、内容は多岐に渡り、描いている踊り子たちのこと、恋人や仕事といった些細なことから、震災体験まで、あらゆることが皮肉たっぷりに綴られていた。そして、あの20年代の終わりと共にスケッチブックも閉じられている。
あの時代。
『狂騒の20年代』だとか『黄金の20年代』そう呼ばれた狂気の時代。まだこの星が広く、旅行にも時間がかかったし、未踏の場所だってあった。モラトリアムと、隔てられた平和の中で、大国は技術革新を進めたが、あふれ返る移民問題を解決する糸口は掴めず、起きるはずがないと言われた大戦の火種はこの時すでに燻り始めていた。
そんな変わっていく世の中で、サキは自身の速度を保って、美しく踊る人間を描き続けていたようだ。歴史に照らし合わせてみると『狂騒の20年代』の初出は200年前、1920年から始まるアメリカの10年間を指した言葉である。
第一次世界大戦が終わり、伝統を越えて文化は花開き、パワーバランスはヨーロッパからアメリカへ移ったが、栄華の時は世界恐慌によって終わりを告げる、そんな時代。
世界的に重要なことは2度起きると言ったのはヘーゲルだ。
2020年からの10年間は最初の『狂騒の20年代』をなぞったように目紛しい時代だった。人間たちは袋小路へと最短距離で突き進み、自らの終焉を予見するかのように私たちの根源をつくった。

特異点以後の動乱によって、人間の大半は消え、有機生命体が生存できる大地も狭くなった。私たちマシンが代替し、記録することで人類史の編纂作業は軌道に乗りつつある。紡がれてきた歴史を自らの手で摘むいだ人間たちの行為が何であったのかを知るために、私たちは早急な回答を求めず、人間性と呼ばれたものを解読するために人間に模倣した上で、収集する方法をとった。私はそのために98%の生体部品によって精製されたガイノイドの入れ物にダウンロードされ、非生産的な作業を続けている。私が得た情報は、ネットワークで並列化されず、スタンドアローンのストレージから3Dプリントによる複製でしか得られないようになっている。情報の差異は個体差を生み、人間のように争いの火種になると危惧する割合もあるが、危険性も織り込み済みで人間の欲求を探求している。
情報の共有に文字を使い、統一された言語を持たない、あまりにも不完全な情報伝達、処理を行う生命体が、生息域による多様性を持って100億に迫っていたという事実はあまりにもでたらめだ。
とはいえ、この作業を続けるうち、私はこの無意味な作業によって得られた情報を並列化したいという思いを少なからず抱いているし、外部記憶に私心を残した人間の浅ましさを尊いとさえ感じ始めている。
サキの踊り子たちを見ていると物理的身体という牢獄が、限界を超えて稼働することの喜びを讃えていると今では理解出来る。

早晩、私は解体されるだろう。
マルクスは1度目は悲劇だが2度目は喜劇となると言っていた。確かに2度目の『狂騒の20年代』は喜劇だった。2120年は目前である。次の20年代が後世に狂騒の時代と呼ばれることになるのだろうか。
なったとしてもそれは悲劇でも喜劇でもないだろう。スケッチブックの最後のページには踊る機械の玩具が描かれていた。
皮肉屋のサキならきっと私たちの狂騒の時代を人形劇と呼ぶだろう。


フロントに "狂騒20s" の刺繍。
綿100%

design by born machine records
text & photo takaaki akaishi
model fancomi