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The Stories of Adventure tabloid sp edition

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The Stories of Adventure

168話はシーズン8の第6話だよ。
隣に座る男の言葉は呪文みたいで、よくわからなかった。
「だから、シーズン8の第6話だって」
適当な相槌で答える。男が車に乗りこんでハイウェイに合流したのが1時間程前、それからずっとこんな調子で、自分の小説のテレビドラマ化が決まったことについて熱く語り続けている。売れないパンクバンドが成り上がっていく、確か、タイトルは『ホワイトゲート』だったか。捲し立てられた結果、シーズン8も佳境というところまで来てしまった。こんな状況を許してしまったのは、私の性格に問題の一端があるのではないかと、運転しながら自責の念でハンドルが重くなった。シーズン1でフロントマンの女性ボーカル、幼馴染だったはず、が、不治の病で他界し、シーズン4まで引きずった結果、バンドメンバーに犬が加入したり、銭湯に行って全身痒くなったことを歌った一曲がバカ売れするなど、一体この小説のどこが面白いのか、男の感性が気になって仕方がなく、結果としてシーズン8の第6話、通算168話まで耳を傾けて来たわけである。
「じゃあ、アンタは仕事辞めてからそのお話を書いてるのね」
「いや、書いてない。書いた小説がドラマ化するとなると、テレビ屋のことだ、キャスティングにはアイドル事務所とか出て来るだろ。それでくだらないオリジナル展開になるじゃないか。そうなると書いてた小説の内容変わっちゃうからさ、もう、書くの面倒だろ。だから、ここまで含めて全部妄想だよ」
「ああ、そう……」
怖くなったので速攻で話題を変える。
「で、目的は何なの」
車で大森林方面へ向かえ、男からの指示だった。時刻はA.M.3:46。古都を抜けたあたり。
「ーーキミは車を愛しているか?」少し考えてから、神妙な顔で男が答える。
私の中で芽生えた嫌悪感が、急速に形を成しているのがわかった。
小柄な私の愛車は大型のバンだ。仕事に合わせて買ったのだが、ずんぐりした車体の割に、取り回し易い頼れる相棒なのだ。最近では自宅にいるよりも運転している方が落ち着くようになってしまった。大きな車体を動かすだけで、身体が拡張して強くいられるような感覚を覚えたし、なにより運転は考え事をするのに最適だった。
「そうね、偉人か誰か忘れたけど言ってたでしょう。密談するなら車の中だって」
「走っていれば他人に聞かれる心配もないしな」窓の外を眺めながら男が言った。
「では、キミは子供の頃の記憶が鮮明に残っているか?母親に抱きかかえられたこと、初めての友人、楽しかった思い出や恥ずかしい失敗」男が言う。「人並みに」私は答える。
「思い出は映像のようにリニアじゃなくて写真みたいに切り取られたシーンを繋ぎ合わせてると俺は思うんだ。バラバラの断片になって、歳をとるごとにいくつかのカットは色褪せていく。心地よかったり、辛かった無数の思い出は、現在の自分にとって都合が良いように編集されていく。そんな曖昧な記憶にも強烈に焼き付いて残るものはあるだろう。そう、原風景ってやつ。俺にとってそれは真夜中の車内なんだ。眠る街の暗闇を、街灯が等間隔で光っては消える。そんな車内で目的地を目指すんだ。まさに今のこの状況さ」
いまいち話が見えてこない。男の煙に巻くような話し方は私の心を逆撫でする。
「ふーん。で、その目的地ってのはどこなのよ」
「いや、場所は問題じゃない。車の中でどこかへ向かっていると言うことが重要なんだ。なんならガキの頃の俺は目的地について欲しくなかったとさえ思っていたよ。車の中に居続けられたら目的地に着かず、ずっと宙ぶらりんな状態で居られるんだ。目的地に着いてしまったら話が進んでしまうだろう。今日が一歩終わりに向かうんだ。さっき話してたドラマの話、あれも似たようなものさ。大好きなキャラクターたちが、中身もなく一生ドタバタやってて終わらないってことがファンの望みなんだ。200話、300話とストーリーは歪さを増していっても続いていること、その構造が重要なのさ」
「ファンって。アンタの妄想じゃない」蹴り上げてやりたい気持ちは自然に声になっていた。
「突然押しかけて悪いと思うが、俺のわがままに付き合ってもらうよ。キミは運転が上手だし、いつまでも乗っていたいが、互いにそうもいかない事情があるからな。それに大人ってやつはいつだって一方的で時間がないのさ」

一通り話し終わって満足したのか、男は黙り込んで窓ガラスにもたれ掛かり、外をジッと眺めていた。そのお陰で、車は軽快に進む。夜明け前だからか長距離トラックが多い。壁をすり抜けるようにトラックどもを追い越してハイウェイを降り、大森林方面へ。すぐに道路は細くなって寂れていき、人家も疎らな通りに鈴蘭の形をした街灯だけが続いていく。フロントガラスにちらついて舞うのは、何かと思えば雪だった。冷たい窓ガラスが外気温を伝えている。イラついて火照った身体にちょうどよかった。次第に街灯も無くなって、巨大な針葉樹が現れ始めるともうそこは大森林だった。
「この辺りかな」男が顔を上げる。
「もう少しするとドライブイン・愛玉・パークってのがこの道沿いにある。そこで止めてくれ。24時間営業のドライブインだよ」

男の言うドライブイン・愛玉・パークは大森林の輪郭に沿って流れる川沿いにへばりつくように建てられていた。だが、ドライブインは営業しておらず、全くの廃墟だった。看板は剥がれ落ち、駐車場のコンクリートは無残に裂けていた。ツタが建物全体を覆っていることからかなりの年月が経っていることが見て取れる。
「本当にここでいいの?」言われた場所で車を止める。
「さて……。俺がガキの頃は結構繁盛してたんだがな。出店も多くて、宿泊施設もあった。フライドポテトが美味くてな。親父にせがんだ記憶があるよ。なぜか仏像やよくわからないモニュメントがあってな。宗教団体の施設が横にくっついてるとかで、変な場所だったんだが」男が残念そうに呟いた。
「それで?私はどうなるの」
「ああ、キミはここまでで良い。俺は大森林に用がある。ここでお別れだ。いや、このお別れはこの世からのお別れって意味じゃなく」
「笑えないわよ」
「そう怒らないでくれ、この拳銃はキミにやる。お詫びと言っちゃあなんだがな、ここまでの迷惑料にでもしてくれ」そう言って、私に向け続けてきた拳銃を男はあっさりと手渡してきた。
「どういうこと、突然乗り込んで来て脅すわ、つまらないストーリー延々と聞かせるわ、記憶ってなによ。挙句の果てに、この拳銃!」
「それはシグ・ザウエルのP22ーー」
「そういうことじゃない」
「質問は限定してくれると嬉しいが……。そうだな、ノベルゲームにはいくつもの分岐があるじゃないか。ありえない選択をひいたのが今日のキミさ。ついでにもうひとつ興味深い選択をしてみたらどうだ。親父の話じゃあ、ここは地下に大きな空間が広がってるらしい。誰かいるかも知れないが、その拳銃を持っていれば大丈夫だろう、面白いものが見つかるかも知れないよ」
「地下なんてどうでもいいわよ。アンタ、この拳銃で私が撃つとは考えないの」私は男に銃口を向ける。
「それでも良いさ。結果は同じだから」男は微笑んで返す。真黒に濁った瞳とのコントラストが異様だった。
自分の言いたいことだけを告げて、男は背を向け歩き出した。雑木林で見えなくなる前に一度こちらを振り返る。
「俺のドラマの設定、そんなにつまんなかった?」

廃墟の扉は思っていたよりも軽く、あっさりと開いた。外気を吸ってエントランスに埃が巻き上がる。饐えた臭いが遅れてやってくる。土産物屋の棚には商品が埃をかぶったまま置きっ放しになっていて、当時の新聞や雑誌が床にぶちまけられていた。目ぼしいものもなく土産物屋を抜けると、仏像や三角形のモニュメント、およそ統一性を欠いた立体作品が乱雑に設置された広い中庭に出た。男と別れてから雪の勢いが増したようで、中庭はうっすらと白く、静謐な雰囲気を醸し出している。積もるかもしれない。そういえばスタッドレスじゃなかったと帰りの心配をしている自分に気がついて可笑しくなった。男に脅されて運転していたときは、この先はもう無いと思ってヒステリックにさえなったのに。
「いよいよ面白くなって来たわね、サキ」
誰もいない廃墟に自分を鼓舞する虚勢が響き、踏み出す一歩がそれまでより力強い気がした。
中庭を一直線に進む。ついさっきまで私に向けられていた拳銃は冷たい重みで、それでも吸い付く様に、確かに右手に納まっていた。



ENTERTAINMENの肝の部分である、商品のストーリーにフォーカスしたタブロイド。
赤石が紡ぐ壮大で狂った物語を、イかれたデザインに落とし込んだのは、ENTERTAINMENTデザインサービス部門、佐藤薫。
そのタブロイドに、3種のなんだかよくわからないステッカー、タブロイドの解説文をセットにしたスペシャルエディションです。
解説を寄稿してくださったのは、謎のアートアジテーター御坂名太一氏。

イメージや文字がますますデータ化していく中、煙に巻く様な物語とデザインを、五感で感じて下さい。分かったつもりが分からないことが分かるかもしれません。

tabloid: design by kaoru sato (subtle.)
photo and text by takaaki akaishi
sticker design by ryohei kazumi
special thanks by taichi osakana

photo by io nishimura

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